クラスにうまぶって英語を話すやつがいた

馬車馬のように

ある授業に、うまぶって英語を話すやつがいた。

うまぶってるといっても、別に「ヒヒ~ン」と鳴きながら話すわけではない。

「俺はウマナミなのね」といった雰囲気をまとって英語を話すんだけど、ただモソモソしてるだけだった。

僕は、ネイティブの英語も帰国子女の英語も聴き取れなかったから、彼の英語も同じように右から左へ受け流していた。

聴き取れないのは僕のせい。

僕が赤ペン先生にちゃんと宿題を提出してこなかったからだ。

なんかモソモソしてるけど、これが「流暢」ってやつ。

そう自分に言い聞かせてた。

ところが、彼のモソモソ英語を聴き取れないのは、僕だけじゃなかった。

周りの帰国子女たちも、そして、なんとネイティブの先生までもが、彼の英語を理解できず、何度も聞き返していたのだ。

どうやら、モソモソしていれば自動的にペラペラ判定を受けるわけでもないらしい。

いいんです

一方、僕は堂々とカタカナ英語を話し続ける毎日だった。

僕がしゃべるたびクスクス笑い声が聞こえたけど、不思議なことに、聞き返されることはあまりなかった。

そういえば、IELTSのスピーキングテストは、海外で受験するより、日本で受験した方がスコアが高くなると聞いたことがある。

日本に住んでる試験官は、日本人の発音に聴き慣れているから内容をスムーズに理解できるというのだ。

一馬身ある。

そんなわけで、日本から出るつもりのない僕は、今日も今日とて元気にカタカナ英語を話す。

今夜も、日本生まれのパスタ、ナポリタンをもぐもぐ食べる。

t͡ʃ、多様性。

「ネイティブっぽさ」を追い求めるのも、それはそれでひとつの道だ。

でも、発音にこだわるあまり、かえって伝わらなくなることもあるらしい。

結局のところ、わかってもらえさえすれば、なんだっていいのかも。

変にうまぶるくらいなら、カタカナ英語上等なのだ。

発音は個性だ!

そう開き直る勇気も、英語の勉強をぼちぼち続けていくうえで大切なのかもしれない。