I
私はその人を常に伊藤和夫と呼んでいた。
「先生」でも「師」でもない。
時間的にも、存在としても遠すぎて、敬称をつけるとかえって近づいてしまう気がした。
私が初めて読んだ伊藤和夫の本は、『ビジュアル英文解釈』だった。
なぜその本を手に取ったのか、今ではもう覚えていない。
ただ、読み進めるうちに、何かがおかしくなっていったことは覚えている。
汗ばむ指。
浅くなる息遣い。
ページをめくる狂ったような手つき。
早く先に進みたいのに、進むのがもったいなかった。
本を閉じたあとの景色だけは、今もはっきりしている。
ビジュイイじゃん
前置詞のついた名詞は文の主語になることができない。
新しいことに気づかされるたび、僕の中に衝撃が走った。
「えるしっているか 死神は りんごしかたべない」と同じじゃないか!
「伊藤和夫、本物だ!!」
伊藤和夫の書く日本語のただならぬオーラを前に、僕はひれ伏した。
奥付を見た。
1987年12月10日 初版第1印発行
僕が探していた本は、僕が生まれる前に生まれていた。
ゴクリ…
なんだこの本は!
カチカチのハードカバー。
指にからむ赤い紐。
何色にも染まっていないページ。
次のページにまたがるわがままな英文。
母ちゃんの描く絵と同じテイストの昭和感あふれる挿絵。
この時代、この瞬間に、読んでいるのは僕だけなんじゃないかという無邪気な優越感。
夢中になって、左から右、上から下へと目を動かし続けた。
参考書を読み通せたのは、これが初めてだった。
それと同時に、伊藤和夫の解説をもっと欲していた。
急いでAmazonでPARTⅡを注文した。
配達員から受け取るやいなや、玄関で包装を破り、靴を履いたまま一気に読み始めた。
ハードカバーは、やっぱりカチカチしていた。
本は正直だ。
ん?
登場人物が一人増えている。
そこは、僕の席だったのに。
ほんとに妬けてきちゃう。
(は?)
感激だわ。先生大好き。
(…)
今夜はうれしくて眠れないわ。
(なんなの)
ご飯を食べるのも忘れて読み進め、気が付くと、PARTⅠもPARTⅡも読み終えていた。
PARTⅢはなかった。
ローマ数字にゼロはない。
見えないモノを見ようとして
それから時が経ち、今も文の頭から読み進めていく姿勢は変わっていない。
当時と違うのは、今はその読み方を“無意識の底”に沈めてしまったことだけである。
私は時々、『ビジュアル英文解釈』を読んだことのない人をうらやましく思う。
あのカチカチのハードカバーを、これから初めて開けるのだから。
あの夏、私は一人だけど、一人ではなかった。
それまでの自分も、これからの自分も忘れて、ただページだけをめくっていた。
あれは本当に参考書だったのだろうか。
あの夏には、もう戻れない。
I never had any friends later on like the ones I had when I was eighteen. Jesus, does anyone?
When the night♪ (S+V S+V)